アンスクーリング

アンスクーリングとは、教育を受けていないという意味ではなく、学校に通っていない、あるいは堅苦しい学校に似た環境で教育されていないことを指す。

21世紀現在、アンスクーリングという言葉は以下の2つの意味を持つ。

まず急速に浸透しているのは、ホームスクーリングと同様学校に通わず、特に教科書への高い依存や机に向かう時間がない教育手法という意味である。

もう一つは、教育者、作家、ホームスクーリングの主唱者であり、アンスクーリングという新語を作った[1]ジョン・ホルトなどが本来意味したもので、保護者が子供に何を勉強するのかを命令するのではなく、子供自身が興味を持つことを深く探求していく手助けをするという、子供の興味に基づいて行う教育である。

またアンスクーリングは、デスクーリングとは別物である。デスクーリングは学校組織などに対する反体制思想を持つことや、以前に学校へ通学したことのある子供やその保護者の「洗脳解除(デプログラミング)を行うことである。

ホルトは、子供というものは生活経験から物事を学んでいくのだと考え、両親に子供と共に生活することを勧めた。「興味に基づく」、あるいは「子供主導」教育として知られるアンスクーリングでは、実際に生活する中で機会があればそれを利用し、子供は強制されずに学ぶ。教科書を用いたり教室のような環境で行うアンスクーリングもあるが、教科書や教室は教育の中心であるとはみなされない。ホルトは子供にとって必要な知識体験は存在しないし、必要ではないと主張した。

アンスクーリングに賛同する者は、子供は実際に行うことによって最も多くを学ぶと信じている。たとえば歴史や他の文化に対する興味を深めるために読むことを覚える、簡単なビジネスや家計のやりくりに参加することで算数を身に着ける、乳をとるためのヤギや肉にするためのウサギを飼育することで酪農について学ぶ、庭の畑で食材を育てることで植物について学ぶ、火器や内燃機関がどのように働くかを理解するために化学を学ぶ、町のゾーニング(区画調整)や歴史遺産の論争を通じて政治や郷土史について学ぶ、といったことである。この手法はどのようなホームスクーリング形態でも用いることがあるが、アンスクーリングの場合は子供自身が始めるという点で異なる。

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